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横浜地方裁判所 昭和33年(ワ)680号 判決 1960年1月25日

原告 佐藤定治

被告 石原正雄

主文

被告は原告に対して、金壱拾五万円及びこれに対する昭和三三年八月一日以降完済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において、被告のために、金参万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「主文同旨。」の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) 被告は、昭和三三年一月一三日、自己に宛てて、次の要件の約束手形一通を自己の俗称石原正泉名義で振り出した。

金額 一五〇、〇〇〇円

満期 昭和三三年六月二九日

支払地、振出地共 横浜市

支払場所 神奈川相互銀行横浜支店

(二) 次いで、被告は、同日、右約束手形に白地式の裏書をした。

(三) その後、原告は、右手形を取得してその所持人になつたので、満期日に支払のため支払場所に(当時神奈川相互銀行横浜支店なるものは横浜市内になかつたので株式会社神奈川相互銀行本店に)呈示したところその支払を拒絶されたので、即日横浜地方法務局所属公証人篠原治朗に嘱託して支払拒絶証書を作成させ、同年六月三〇日自己の裏書人及び振出人である被告に対して右支払拒絶のあつたことを書面を以て通知し、同書面は同年七月一日被告に到達したが、被告は右手形金の支払をしない。

(四) よつて、原告は被告に対して右手形金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年八月一日以降完済まで年六分の手形法に定める率による遅延利息の支払を求めるため、この訴をする。」

と陳述し、

被告の抗弁に対して「被告主張の事実中原告がこの約束手形を訴外清水重治から受取つてその所持人になつたこと及び清水が行方をくらましていることは、いずれも認めるが、その余は争う。原告は被告の主張するような同人と清水及び訴外中西一雄(地主)との間の関係は全然知らずして右約束手形を取得したものであるからいわゆる悪意の取得者ではなく、被告の抗弁は理由がない。」と述べ、

立証として、甲第一号証の一、二及び同第二号証の一乃至三を提出し、原告本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の一乃至三は知らないと答えた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求の原因中(一)の事実、(三)の事実のうちに原告がその主張の約束手形の所持人であること及び当時横浜市内に神奈川相互銀行横浜支店は存在せず被告の取引銀行は株式会社神奈川相互銀行本店であつたこと並びに(三)の事実のうちの被告が昭和三三年七月一日原告から原告主張の支払拒絶のあつたことの通知を受領したことは、いずれもこれを認めるが、その余はすべて争う。」とのべ、抗弁として、「そもそも、原告主張の約束手形振出の事情は、被告が訴外清水重治から横浜市鶴見区鶴見町一〇〇三番地所在の木造瓦葺二階建家屋一棟を買い受けた際その敷地七六坪の地主訴外中西一雄に対し借地人名義書換料として交付することを約した一五〇、〇〇〇円の支払のために清水の求めにより同人を介して中西に交付すべく清水に右約束手形を手交したところ、清水は当初よりこれを詐取するつもりであつたため、その行方をくらましてしまつたものであつて、原告はその情を知つて清水から同約束手形を取得したものであるから、被告は右手形の直接の受領者である清水に対する右人的関係に基く抗弁を以て悪意の取得者である原告に対抗できるのであつて、したがつて、原告の本訴請求は失当である。」と述べ、

立証として、乙第一号証の一乃至三を提出し、証人中西一雄の証言及び被告本人訊問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)  被告が昭和三三年一月一三日原告主張の本件約束手形一通を自己宛に自己の俗称石原正泉名義で振り出したこと(請求の原因(一)の事実。)は、当事者間に争がない。

(二)  次に、被告が右同日本件約束手形に白地式の裏書をしたこと(同(二)の事実。)は、成立に争のない甲第一号証の一によつてこれを認めることができ、この認定に反する証左はない。

(三)  その後原告が右手形を訴外清水重治から受取つてその所持人になつたことは当事者間に争がなく、原告が同手形の満期日に支払のため支払場所に呈示(当時支払地である横浜市内には本件約束手形に支払場所として表示されている神奈川相互銀行横浜支店なるものがなかつたことは当事者間に争がなく、したがつて、原告は同手形を横浜市内にある株式会社神奈川相互銀行本店に呈示)したところその支払を拒絶されたので即日横浜地方法務局所属公証人篠原治朗に嘱託して支払拒絶証書を作成させたことは前顕甲第一号証の一及び成立に争のない同号証の二並びに原告本人訊問の結果を綜合してこれを認めることができ、この認定をくつがえすに足る反証はない。被告は、「当時本件手形に表示された支払場所である神奈川相互銀行横浜支店なるものは支払地である横浜市内に存在しなかつたのであるから、原告の右手形の呈示は無効である。」旨主張するが、手形要件としての支払場所の記載は支払地内の特定の場所を指示すれば足りると解するを正当とするところ、本件においては、当時手形上支払場所と表示された神奈川相互銀行横浜支店なるものは存在しなかつたことはすでに認定したとおりであるから、右手形上の支払場所の表示は、それが誤記に出たか作為に出たかを問うことなく、前記認定の当時実在した株式会社神奈川相互銀行本店を指称したものと認めるを相当とするが故に、原告の本件約束手形の呈示は有効であつて、被告の右主張は理由がない。

そして、原告が本件約束手形呈示の翌日である昭和三三年六月三〇日自己の裏書人及び振出人である被告に対して右支払拒絶のあつたことを書面を以て通知し、同書面は同年七月一日被告に到達したことは、当事者間に争がなく、被告において本件手形金を支払つたことの主張並びに立証はない。

それ故に、被告は本件約束手形の裏書人として同手形の所持人である原告に対して本件手形金並びにこれに対する手形法の定める年六分の率による満期以後の利息、拒絶証書の費用、通知の費用及びその他の費用を支払うべき義務があるべきところ、被告は、「本件約束手形は被告が訴外清水重治から家屋を買い受けた際その敷地の地主訴外中西一雄に対し借地人名義書換料として交付することを約した一五〇、〇〇〇円の支払のために清水の求めにより同人を介して中西に交付すべく清水に手交したもので、清水は当初からこれを詐取するつもりで交付を受けるとともにその行方をくらましてしまつたものであり、原告はその情を知つて清水から同約束手形を取得したものであるから、被告は右手形の直接の受領者である清水に対する右人的抗弁を以て悪意の取得者である原告に対抗できるのであつて、原告に対して右手形金等の支払義務はない。」旨抗争するので案ずるに、前認定の事実に証人中西一雄の証言並びに原告及び被告の各本人訊問の結果を綜合すれば本件約束手形振出の事情が被告主張のようなものであることをうかがい知ることができるが、原告が本件約束手形を訴外清水重治から取得するに当つて右のような事情を知つていたことを肯認するに足りる証左はないから、被告の右抗弁は結局理由がないものとして排斥を免れない。

(四)  それ故に、被告に対して本件約束手形金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する満期の後であること暦算上明かで、本件訴状送達の翌日であること一件記録上明かな昭和三三年八月一日以降完済まで手形法の定める年六分の率による遅延利息の支払を求める原告の本訴請求は全部正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項第三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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